■陸別足寄オンネトー津別
2018年9月2日(日)。
さようなら。
2018年9月2日(日)。
さようなら。
8月19日(日)、斜里へ向かいました。
斜里岳はいつ来ても見事です。
ついでだから斜里岳に近づいてみようと思いました。カーナビによれば行き止まりになっている細い山道を進みました。途中少し開けてはいましたが、なんか怖い感じでした。道にはキツネのうんこがっ!!
いやー、この先は怖いですよね。引き返しました。
ついでにしばらく閉鎖されていた津別峠に寄り、美しい屈斜路湖を眺めて清々しい気分になり、その足で以前見た「トンビの群れ」を期待して、津別の裏道へ向かいました。
なんか道の真ん中に茶色の塊が見えました。こんな感じ。
車の中から慌てて写真を撮りました。うーん。この状況、どうなっちゃうの。
鹿はトコトコっと道路脇の鹿よけの柵のある畑の中へ入って行きました。柵の途切れているところから簡単に入っていきましたが、ここ以外からは出られないような気がしました。
あららら、畑入ったよ。
おやおやこれは、鹿にしてみればテンション上がりまくりなのか?
食ってるもん。
これ、関係者に見つかったらぶっ殺されるんじゃね?
やばいなー。早く逃げてくれよ。
・
この日はまたやたらとキツネが出てきたのです。
あー、犬っぽいヤツがいるなぁ。
子どものキツネっぽい。
まあまあの距離から、車の中から望遠で撮ってます。ゆっくりゆっくり進みながら。
車はほとんど来ないので、ゆっくりゆっくり音も静かに近づいていけます。
近寄ると逃げて行きます。
そしてまた少し行くと・・・
こいつもまた子狐っぽい。
そしてまたしばらくすると別の3匹目・・・
路肩へ逃げ込み、こちらを見ているところをゲット。
やけに多いな。午後3時半頃です。
あららまた出てきたよ、4匹目。
しばらく走り、トンビがいないので同じ道を引き返しました。
また行きで見たやつかな、キツネを発見、ゆーーっくり接近。1番の至近距離で写真が撮れました。
しかしまぁなんですねぇ。これから氷点下20度の冬がやってくるわけですが、よく生きていけるなぁ。つらいなぁ、オイ。
そして、さっきの現行犯の鹿が、鹿よけの柵を越えられず畑の中でオロオロしていないことを祈りました。その現場が近づいてきます。いませんように。いたらぶっ殺されちゃうかも。大丈夫かな。
いませんように、いませんように。
なんと、なんと・・・
いませんでした。
ほっ。
おしまい。
前回「続く。かも。」とか言っておきながら、この通信の発行ができずに2か月近くも経ってしまいました。時間の進む速度が恐ろしいです。このままではあっという間に寿命が尽きてしまいそうです。
そしてこの間、やはりいろいろなことがあったわけですが、とりあえずは準備だけしていた4月中旬までに撮った写真を載っけていきます。北海道の写真は、北海道の人が見てもそれほど感動はしないと思います。これが日常なので。
私は長い間、東京でチャラチャラしていたので、北海道の風景が感動的であり、「すげーすげー」と言いながら写真を撮っています。ということで、前回の続きです。
あ、その前に、この2か月でLINEのスタンプも作り続けていました。良かったら買ってやってください。てへへ。(宣伝かよっ)
7セット(猫写真を素材に7セット)増えて41セットにもなりました。ここ→■■■(しかしこれからの季節はやはり「汗ダック」がお勧めとなっております)
ということで、今回は今年3月下旬~4月中旬の北海道、道東の風景をお届けします。
この日はあっちこっち走り回りました。
4月2日、津別(つべつ)。車も滅多に来ない裏道。
4月8日は置戸町勝山の温泉「ゆうゆ」へ行った時の山道で、ネコヤナギだかエゾヤナギだかのフワフワしたやつが光っててキレイでした。。
4月22日、温根湯「塩別つるつる温泉」へ。
4月16日、津別へ。
え、つまんない?
では、次回をお楽しみに。
道の駅「あいおい」でそばがきを食した後、まっすく帰宅するのもアレだし、少し違う道で帰ることにしました。北海道で違う道を選択すると、とんでもないことになったりするのですが、カーナビもまあまあ正確ですし。
いつもと違う道、それは常に山道であります。
どんな道も美しいのでありますよ。
なんとなく不安な道を進んでいると、これはよくあることですが、カーナビにワケの分からない地名や河川の名前が出てきます。
えーと何だって・・・
目なしってピーだろ。あ、メナシュか・・・
この川沿いもまた、今年の台風被害の爪跡を残しているのでした。
こんなところでトラブル起こしたら大変です。早くJAFに入らなきゃ。
今度はポンキキン川。さっきはメナシュキキン川。何だろなー、と思っていたら、地名に猛禽類の「禽」の字が当てられている標識を見ました。確か「木禽」とか。
「この当て字は何だろう。禽って、鷹とかトンビとかハヤブサとかの、猛禽類のことだよなぁ」
って思っていたら、おやおやおやおや、何だか空にはトンビだらけ。
こんなことってある? 地名がまたピッタリ符合してるって、スゴ過ぎない?
ちょっと道を変えたら、こんないいもんが見られてテンションが上がりましたとさ。
おしまい。
あ、この日は、この道に来る前に、津別の蕎麦屋のある道の駅で、いつものようにクマヤキを食べたのですが、その話は次号で。
289号で、蕎麦にハマってきた割には蕎麦の“かおり”だとか“うまみ”だとかが全く分からないことを書きましたが、読者から「それはある意味正常である」とのメールが来たのです。
蕎麦の香りはむしろざる蕎麦のような冷たい系より、普通にかけ蕎麦の方が香りが感じやすく、さらにかおりを楽しむのであれば「そばがき」であると。
そばがきってなんじゃ。
で、調べてみるとそば粉で作った団子のような食べ物。じゃあ食べてみようと、11月23日、いつも美味しい津別の道の駅「あいおい」の蕎麦屋さんへと行ったのです。
ありました。
「期間限定 そばがき 五百円」
期間限定、というのは何と、ジャスト新蕎麦の時期だったのです。とことんそばのかおりに包まれるなら、この時期なのだと。しかも安い。
「そばがきふたつ」(2人で行った)
「へい」とは言いませんでした、おばちゃんだったので。(笑)
ただ、ちょっと嬉しそうに見えました。そしてこんなことを言いました。
「ここの職人さん、若いのに、そばがき作るの上手いんですよ」
「へー」
「この時期はホントに食べごろですよ」
「ほー」
「私のおじいちゃんが大好物だったんですよ。
「へー」
お勧め感満載でした。
で、出てきました。
とりあえず何も付けずにひと口。パクッ、あ、蕎麦のかおりってこれか。パクッ、おー、蕎麦だねぇ、パクッ、蕎麦だねぇ。パクッ、美味いかな、まあもちろんマズくはないけど、まあ美味いけど、困ったな。蕎麦食べてる感じじゃないな。
で、「おーワサビいいねー、おー、ウメもいいねー」などと半分くらい食べたところで「腹にたまる感じ」がしまして、いや美味いんですよ、でも腹がパンパンになってきた。
パクッ、モグモグ、あー、蕎麦の味がするよ。
パクッ、モグモグ、蕎麦だわ。これは蕎麦だわ。いやー、かおりってこれかー。
最後のひと口まで蕎麦の味が続きました。すごいっ。
で、連れはこれを大層気に入り、「また食べたい」とずっと言っています。
私は、「でも蕎麦は麺状のものがいいな」と思うのでした。
しかし、読者のメールによれば、そもそも蕎麦というのはこのそばがきのことを言い、麺状になったのは江戸時代あたりからで、のどごしを楽しむために細く切ったのだと、ウンチクを垂れていたのでした。
ついでに蕎麦を調べたら、高知県で9000年以上前の遺跡から蕎麦の栽培がされていた可能性があるという情報がありました。蕎麦史的には8000年以上の間「蕎麦と言えばそばがき」であって、麺状になったのはこの200~300年程のことなのですね。
年越し蕎麦を食べる前に、9000年の蕎麦史をちょっぴり思い起こせば、きっと、蕎麦のかおりも倍増するのではないでしょうか。
いいえ絶対にそんなことはありません。
さよーなら。
あ、この後、津別から帰宅する道を気まぐれで変えてみたところ、また面白い風景に出会ってしまったのです。それは次号で。